2月 04, 2023
「生ける伝説」なんて多くの場合は誇張ありきの陳腐な表現だとは思うのですが、ときにはそんな表現がピタリと当てはまってしまう方もいらっしゃるようです。
ということで、今回の講師インタビューは有楽町の老舗フランス料理店「アピシウス」のシェフソムリエにして、国際ソムリエ協会認定の「インターナショナル・ソムリエ」にして、2019年ゴ・エ・ミヨガイド「ソムリエ・オブ・ザ・イヤー」にして、……(多すぎるので以下略)、生ける伝説ソムリエ情野博之さんにお話をうかがいました。
伝説の始まりというのは、常に耳目を集めるところではあります。
お釈迦様は生れ落ちると同時に立ち上がって7歩歩きだし、右手で天を左手で大地を指さし、「天上天下唯我独尊」と話したとされていますし、イエスの誕生に際しては、東方より3人の賢者が贈り物を携えてやってきたと言います。
果して、情野先生の場合は、
「始めは父が調理師だったこともあって、調理師になろうと思ったんだけど、手荒れがひどくて…だからサービスに行こうと思ったんです。」
なんと「手荒れ」から始まったサービスの世界だったそうです。
お話をうかがうと、ちょうど新卒入社の頃、ホテルニューオータニ東京(紀尾井町)の「トゥールダルジャン東京」がオープンするタイミングだったそうで、右も左もわからない社会人1年目でフランス、パリで400年以上の歴史を持つグランメゾンの世界に入っていくことに。
まわりは飲食経験者の中、一人まっさらな状態で立つグランメゾンでは、料理を運んだり、バーの裏でグラスを磨いたりという日々だったとおっしゃいます。
フランス料理にかかわるものとしてワインの勉強を始めたとのことでしたが、情野先生が入社したのは1984年。
1984年といえば、ロサンゼルスオリンピックが開催し、レーガン大統領が再選を果たしていたような年です。Googleができるまで後14年はかかりますし、スティーブ・ジョブズもやっとマッキントッシュをリリースしたくらいのタイミングです。
つまり、ワインを勉強しようにも今と比較にならないくらい環境が悪かったということです。書籍も翻訳本があるわけではないので、原書にあたってみるという状況だったようです。
しかし、そんなグランメゾンでのサービスとワインの勉強に明け暮れる日々を数年も続ける中で、無事ソムリエバッジを手にしたとのことです。
「グランメゾンでの仕事は、非常に細分化されたものです。ソムリエが料理の注文をとったり,厨房に料理を取りに行ったりすることはありません。メインディッシュの鴨を捌くカナディエというポジションもあります。そんな中でソムリエは液体のプロとして、ワインなど液体をつうじてお客様とお店に貢献することが求められます。」
サービスの仕事を6年間ほど経験したのちに、情野さんはソムリエとしてトゥールダルジャンに立つことになります。
Q.情野先生が、ソムリエになって初めてとったワインの注文はなんですか?
A.ロマネコンティです。
やはり伝説です。
しかし、ソムリエは常にお客様に育てていただく存在でもあると情野先生はおっしゃいます。
良いワインを知れるのもお客様がそのワインを注文してくれるからであり、世間的に見れば必ずしも良いとは言えない労働環境でもお客様に喜んでいただき、「ありがとう」と声をかけてもらうことで報われるところが本当にあるからなのだ、と。
情野先生が、生涯現場で職人ソムリエとして向き合う理由もそこにあると言います。
「ソムリエという仕事は、今は事情も変わってきたものの、基本的に異動がきかない仕事。逆に言えば、常に自分のお客様と接し続けることのできる仕事なんです。素敵なお客様と長い関係を築き、わたしの場合だとフランス料理やフランスワインの世界に深くかかわっていられることは、まさに長い歴史の担い手になっているということを感じさせてくれるものなのです。」
ソムリエになられてからの情野先生のご活躍はポメリースカラシップの優勝に始まり、第3回全日本最優秀ソムリエコンクール第3位など、枚挙にいとまがありません。
そんな情野先生のセミナーは、今まで情野先生がインプットしてきたフランスワインの膨大なアーカイブにもとづいて、各地域のワインを解説していただきます。
もちろんワインは、情野先生がやるにふさわしい豪華で希少なワインを、なんとアピシウスのセラーから持ってきていただきます!
●情野先生のセミナー一覧
https://college.wineplus.jp/collections/hiroyuki-seino
最後に情野先生にも最後の晩餐について尋ねてみると、「お寿司」とのこと。では、最後の晩餐のワインはというと、「シャトーラトゥールかな。合わないだろうけどね。」
とおっしゃっておりました。
アピシウスという非日常空間での取材でしたが、常に笑みを絶やさず、(わたしのような若輩にも)敬意をもって丁寧に回答いただく情野先生を通じて、グランメゾンのサービスの片鱗を感じさせていただくことができました。
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