11月 12, 2024
悩めるワイン業界人(と未来のワイン業界人)におくる「THEワインキャリア」の今回は、百貨店におけるワイン売り場の先駆けでもある東急百貨店”THE WINE”でソムリエを務める藤巻暁さんにお話をうかがいました。
高校時代にファミレスでバイトをしたのが、藤巻さんと飲食業のスタートです。接客の面白さに惹かれて、大学生になっても様々な飲食店でバイト経験を積みます。
しかし、若いうちからワインの良さがわかっていたかというとそうではありません。むしろ、どこかスノッブで近づきづらいイメージを持っていたそう。とはいえ、飲食店で働いていれば、次第にワインとの距離も縮まっていきます。
「ワイン、お前のこと、誤解していたよ」
そんなやり取りがあったかは定かではありませんが、ちょっと奮発してワインを買ってみてもいいかなと思える間柄になったとき、初めて自分で買ったワインを通じて、ワインの美味しさを知ったそうです。
時代の空気もあり大学を卒業しても定職につかず、職を転々していました。あるときはカリフォルニアワインに特化したレストラン、またあるときはグランメゾン、そのつぎはワインバーという具合で、根無し草のごとく、あちこちを回っていたそうです。
様々な店舗を渡り歩いたおかげで、色々な先輩からワインについて教わることの多かった藤巻さんですが、「先輩が言っているから正しい」などと盲目的に思うことはなく、「先輩はああ言っていたけど、こうしたらもっとやりやすいんじゃないか?」、「先輩が言っていたあれは本当なのかな?」と常に考え試すようにしていたことで、自然と知識や技術がついていったと語ります。
それだけでなく、日本のワイナリーが注目を集める以前の90年代前半から毎月ワイナリーに通い、栽培や醸造などについての疑問をぶつけては勉強していたそうです。
気づけば、ソムリエ仲間の間では「辞書」と呼ばれるほどの知識を身につけていた藤巻さん。「藤巻さんに聞いておけば大丈夫」という圧倒的な信頼を勝ち取ります。
さらに知識だけでなく、オープナーなどのツールについても造詣の深かった藤巻さんは、古酒の開け方などソムリエでも難しい分野でも頼りにされるようになっていきます。
ワインも成長市場になっていたこともあり、仲間のソムリエからの口コミで藤巻さんには、少しずつ新しい案件が舞い込んでくるようになります。
その一つが、フランス産食品の広報・PR活動を行うSOPEXA JAPON(現Hopscotch Season)からの依頼でした。依頼の内容は、百貨店の催事での販促活動。ソムリエの恰好をして、百貨店催事の際にワインの説明や販売を行ってほしいというものでした。
藤巻さんとしては、飲食店以外でワインを扱うのはこれが最初だったそうです。
飲食店のような閉じた空間と、百貨店のような場所では勝手が違います。ワインの種類もお客さんのニーズも千差万別、クローズドな空間とオープン空間でのワインセールスの違いを痛感することとなります。
奇しくも、それは藤巻さんが30代後半にさしかかり、ソムリエとしてどこかの店舗のマネージャー職に就くか、あるいは独立を考えるかという岐路に立っていたころの出来事です。
熟考の結果、当時ではほとんど前例のないフリーランスのソムリエとしてキャリアのリスタートをはかります。
様々な仕事を受けていたそうですが、百貨店での販売には注力し、都内の主要百貨店はほとんどワインセールスとして立ったことがあると語ります。
そういう仕事をしていれば、当然百貨店の表も裏も見えるようになり、見たくないものもたくさん見えてきます。そんな藤巻さんをして、「プライベートでもワインを買いに行きたくなる」と思わせたのが東急百貨店本店でした。
すると、なんと前任のソムリエが辞めるタイミングで、東急百貨店本店のスタッフから「藤巻さんに打診してみてくれ」というラブコールをもらい、2002年に晴れてTHE WINEのソムリエとなります。
「とはいっても、THE WINEのスタッフはみんな優秀な人ばかりなので、わたしはワインバー業務と困難な案件が来た時の受け皿みたいな感じでいますけどね笑」
そのようにご謙遜されますが、毎日「藤巻さん」を求めて、多くのお客さんが訪れているのは紛れもない事実です。
さて藤巻さんのキャリアの秘訣はどこにあったのでしょうか?
お話をうかがった中で感じたのは
・クリティカルシンキングと実践
・人を味方につける
・誠実な準備力
教わったことであってもそのまま鵜呑みにせず、咀嚼し良いところと改善できるところを判別するクリティカルシンキングは間違いなく藤巻さんの強みです。一方で、「クリティカルシンキング」という言葉も喧伝されるようになって久しいですが、実際に重要なのは批判的思考をして、そこから実際に試行錯誤をできるかどうかではないでしょうか?
先輩からなにかを教えてもらって、「もっといい方法はあるだろう」とただ漠然と思うのと、実際に手を動かして試行錯誤するのでは全く異なります。藤巻さんが信頼されているのは、実際に手を、足を、頭を動かして得た知恵を豊富に持っているからに違いありません。
また、そのような知恵者として多くのソムリエや消費者に知識やワザを伝授し、人に味方になってもらう前に、人の味方になってきたことで、藤巻さんのまわりに多くの人が集まってくるのだと感じます。
最後に、「木を切り倒すのに6時間与えられたら、私は最初の4時間を斧を研ぐのに費やすだろう」とは準備の重要性を訴えたアメリカ合衆国元大統領エイブラハム・リンカーンの言葉ですが、藤巻さんはまさに準備の人だなと思わされます。
藤巻さんに接客の心得をうかがうと、相手に「お土産」を持って帰ってもらうということも意識しているとのこと。「お土産」とは、お客さん相手であれば買ってもらったワイン以外の話の小ネタだったり、取引先相手であれば有益な情報だったりするそうです。
今回の取材にも多くのメモを携えてきてくださり、その準備力には頭が下がる思いです。
最後にワイン業界で働く人(これから働く人もふくめ)への伝えたいメッセージをうかがってみました。
「単純に、好きなことをやってほしいです。好きなこと(興味があり楽しいこと)であれば、飽きることはなく永遠にやり続けられます。努力も努力と思わず、批判にも負けることなく邁進することができるでしょう。好きなことも好きでないことも満遍なく意識や時間を使うのではなく、好きなことだけをひたすらやるのです。好きなことがわからないというけれど、それは目の前にある身近なことでよく、例えば、ワインの名前の由来に興味がある人は、それを調べることばっかりをひたすらひたすらやるとか。そのうちに、おのずとその部分を伸ばすことができ、自分ならではの強みができ、必要とされる存在になれるのだと思います。そして、最後にはそんな人にしか来ない運をも引き寄せられるかもしれません。
もし今の仕事や立場が好きでなければ、“好きになるまで待つ”という手もあるでしょうし、“好きになる工夫をする”という手もあるでしょう。もしそれでも好きにならなければ、さっさと別の好きなことに転向した方がいいと思います。もしまだ好きなことがない人は、まず色々なことを体験するとか、それを探す第一歩を早めに踏み出してほしいと思います。」
東急百貨店本店は2023年に営業を終了してしまいましたが、同年、渋谷区松濤にTHE WINE by TOKYU DEPARTMENT STOREが路面店としてオープンしました。是非、一度足を運び、藤巻さんの「お土産」をもらってはみてはいかがでしょう?
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