11月 11, 2024
悩めるワイン業界人(と未来のワイン業界人)におくる「THEワインキャリア」の今回は、The World's 50 Best Restaurantsにて世界一の栄冠に五度輝いたnoma(ノーマ)でソムリエを務める秦亜吏加さんにお話をうかがいました。
秦さんと飲食の繋がりは生まれながらに始まっていました。
というのも、秦さんのお父さまは銀座久兵衛で腕を磨き、海外でも活躍した鮨職人。その背中を見てきた秦さんが飲食業を志したのも必然といえるでしょう。
料理人になるのではあれば、父も活躍した海外で働けるようになりたいと、調理師学校の2年目は西欧料理を学ぶことに。
普通であれば、学校を卒業して晴れて飲食店に、となるはずですが、当時の秦さんには自分が働く飲食店というものがピンと来ず、調理助手として学校で働くことに決めます。
しかし、今度は自分が生徒を見送る立場になると、
「一人前でもない自分が先生と呼ばれ、現場に生徒を送り出すことに強い違和感を覚えずにはいられませんでした」
自分も早く現場に出なくてはという焦燥と3年間の出遅れによる尻込みに板挟みとなりますが、その解決策こそがサービスという舞台でした。
行くならやっぱり調理師時代に自分が専攻していたフレンチだろう、となるとワインの勉強は欠かせない。秦さんとワインが近づいていきます。
最初はアルバイトとして、ワイン好きに愛される遠藤利三郎商店の新店舗で閉店までの1年間働き、サービスの基本を学ぶと、次は知り合いづてに銀座のラール・エ・ラ・マニエールに活躍の場を移します。今回は正社員として、飲食の世界と真剣勝負です。
当時から増えてきていたインバウンド需要にこたえるための語学力、幅広いワインの知識など、自分の課題も浮き彫りになってきます。
1年ほど勤めると、自身の課題と正面から向き合うべく、ホテルを志します。挑戦したのはマンダリンオリエンタル東京。
なんと履歴書も面接も英語というシビアな世界。英語はまだ勉強中であることを正直に話して、面接では通訳をつけてもらい、メインダイニングSignatureで働きたいことを告げると、“NO.”と返されます。
実は、フレンチでは歴史的にサービスは男性(ギャルソン)がする文化があり、2014年当時でも多くのフレンチでサービスは男性が担っていました。
しかし、秦さんも負けずに「自分は前のお店でも男性ばかりの中でしっかり働いてきた。もしSignatureで働けないのなら、マンダリンで働くつもりもない」と啖呵を切ります。
こうして、秦さんはSignature初の女性サービスとして入社を果たします。これまでにない、国際色豊かなチーム、腰をすえてワインの勉強ができる環境で着実に実力をつけていきます。
ソムリエ資格を取得すると、先輩スタッフからソムリエスカラシップコンクールを勧められ、押し切られる形で出場を決めます。
結果、一次試験は通過したものの、二次試験は惨敗。これが秦さんの負けず嫌い根性に火をつけます。翌年のスカラシップでは見事優秀賞に輝き、副賞でフランスのレストラン研修を勝ち取ります。
Signatureでの経験も1年を超えて徐々に語学力に自信もついてきていたそうですが、現地で働いてみるとフランス語はもちろん、英語にもまだまだ不自由してしまう現状に危機感を覚えます。
「やはり、海外に行くしかない。」海外留学を決意します。
とはいえ、先立つものがなければ留学もできません。飲食という場で働いているとどうしても、給与面が期待できなかったため、転職を決めます。その先が、ワインやアートの管理に特化した寺田倉庫でした。
寺田倉庫で2年間、さらに寺田倉庫で知り合った方の個人秘書として3年間、富裕層向けのカスタマーサービスに注力すると、ひとまずの軍資金をためることができました。
英語を上達させ、あわよくばフランス語も勉強できる環境として選んだのは、カナダのトロントでした。航空券を購入し、ビザも取得し、向こうで通う学校の学費も支払い終え、あとは行くだけと思っていた2020年、未曾有の事態が訪れます。そう、コロナウィルスです。
当然、各国国境は封鎖され、秦さんの海外留学は絶望的と思われました。
フラストレーションをためながら日本でオンライン授業は受けていたころ、カナダが留学生に限定して国境封鎖を解くと発表があり、周囲の反対を押し切ってカナダに旅立ちます。
カナダでは学校にこそ通えないものの、運よくアルバイト先を教えてもらい、ワインショップ兼コーヒーショップ兼テイクアウト専用ピッツァバーという面白いところで職を手にします。
一人で何役もこなしながら仕事をし、海外での経験を積み、目標だった英語力もずいぶん上達します。
帰国後、再度海外に身を置くか否か、次の道を考えていたおりに舞い込んできた話こそ、京都でのポップアップをひかえたnomaでのサービス職でした。
実は、秦さんのマンダリン同期の女性がサービスとしてnomaに引き抜かれており、彼女からnomaが日本語と英語に堪能なサービスを探しており、ぜひ参加してほしいと連絡を受けます。
ポップアップ期間の3ヵ月のみの契約で結びますが、結果はタイトルの通り、働きぶりが認められ、正式にチームへの参画を打診され、今日に至ります。
さて秦さんのキャリアの秘訣はどこにあったのでしょうか?
お話をうかがった中で感じたのは
・ひたむきな姿勢
・カルペ・ディエムの精神
・課題発見と対応力
マザーテレサの名言の中に” Bloom where God has planted you.(置かれた場所で咲きなさい)”というものがありますが、秦さんの生き方はまさにその言葉が当てはまります。
もちろん自分のキャリアを考え、その時々の課題を見つけ、対応する形でキャリア形成することもありますが、あえて先々まで決めることはせずに、流れに身を任せ、たどり着いた先で精いっぱい向き合い、「今を楽しむ(カルペ・ディエム)」ことでキャリアを切り拓いています。
最後にワイン業界で働く人(これから働く人もふくめ)への伝えたいメッセージをうかがってみました。
「ソムリエというのは、我を出すというよりお店やお客さんが求めるものを提供していく仕事だと思っています。それができれば、自分がなにものだからとか、いくつだからというのは、挑戦しない理由にならないと思っています。
実際、わたしはSignatureで女性初のサービスを経験したり、30歳も過ぎて会社も辞め海外留学したりと様々な挑戦をさせていただきました。
挑戦することで道が拓け、世界の広さを知ることができました。ぜひワイン業界を志す人たちには、型にとらわれない挑戦をしていっていただきたいです。」
ぜひ秦さんに会いにnomaへ!とはなかなか言いづらいですが、海外旅行の際には現地では活躍する日本人のお店にもぜひ伺ってみてはいかがでしょう?
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