11月 08, 2024
悩めるワイン業界人(と未来のワイン業界人)におくる「THEワインキャリア」の今回は、フランスでワインを学び、日本に住みながらクルティエ(フランスにおけるワイン仲介業者)として活躍する磯部晶子さんにお話をうかがいました。
大学時代にディズニーランドのキャストとしてバイトをしていた磯部さんは、食べたり飲んだりすることは好きだけど、仕事にするほどではなかったそう。
そんな磯部さんが、新卒入社したのは、サントリーパブリシティサービス株式会社というサントリーの工場見学などを請け負う全国各地の施設運営の会社でした。
その名の通り、サントリーの子会社であったため、入社一年目の社員はサントリーの各地の工場に配属されます。ビール、ウィスキーなど数ある工場の中で、磯部さんが配属されたのは、今の登美の丘ワイナリーでした。
あくまで仕事はワインツーリズムの対応やセミナーの実施などでした。しかし、最寄り駅の近くに住んで毎日ワイナリーに通っていれば、ワイン造りの現場を見て、そこで働く人たちとコミュニケーションをとるようになります。
磯部さんがワインの魅力に取りつかれるのに多くの時間を必要としなかったのは、ご推察の通りです。2年目となり、新たな工場に配属される可能性が出てくると、ワインの仕事をするために転職を希望しました。
とはいえ、そこはサントリーのグループ会社。そういうことならと同じグループ会社のワイン専門商社である現ファインズに転籍することとなります。
ファインズといえば、今日でこそ年商100億円を超える大手ワイン専門商社ですが、当時は磯部さん含め5名ほどの少数精鋭のチームでした。磯部さんは最初の一年は内勤として働き、翌年から営業となります。
営業としては、レストランやホテルにワインを販売していきます。給料も全額ワインにつぎ込み、公私ともにワインに捧げていきます。
それでも磯部さんには、「自分が日本でどれだけワインを飲んで、勉強しても、現地を見てきた人には結局勝てない…」という思いがしこりのようにあったそうです。
それは、ワインのキャリアを日本屈指のワイン産地に位置するワイナリーからスタートさせ、ワイン造りを間近で見てきた磯部さんならではわだかまりだったのかもしれません。
わだかまりを解消するには、自分で現地を見るほかありません。磯部さんは渡仏を決意します。
渡仏の前の週まで仕事をして、会社から背中を押してもらうような形でフランスに旅立ちます。
とはいえ、当時の磯部さんはフランス語など話せるはずもなく、最初はボルドー大学の外国人向けフランス語コースに登録します。授業のかたわら、ボルドーのワイナリーを回り、目標だった現地の畑を見て回ります。
一年かけてフランス語のベースをつくり、本心であればそのままボルドー大学の醸造学部DUAD講座に進学しようとしますが、日本人の枠は2枠のみ。今回は縁に恵まれず、代わりにローヌのL'Université du Vin(ワイン大学)に転校します。
大学では、ワインとスピリッツのマーケティングを学び、醸造や試飲、マーケティングを学んでいきます。
周りはフランス人ばかりの中に、一年だけフランス語を勉強した磯部さん。当然、言語的なハードルがないわけなく、実地でフランス語とワインのマーケティングを学んでいったそうです。
そんな生活を一年続けていけば、身につくべきものは身について行きます。
フランス生活も3年目を迎え、磯部さんは次なる自己研鑽の地をディジョン、ブルゴーニュ大学に移します。
ブルゴーニュ大学では、地質学の専門家と有名生産者のもとで、試飲とテロワールを学んでいきます。
4年半に及ぶフランスでの生活をへて帰国すると、今度は積んできた経験を活かすときです。
縁あって、フランス滞在中から仕事を請け負っていたこともあり、豊通食料に入社します。しかし、かつての同僚が起ち上げた商社テラヴェールからお声がかかります。
フランスでの経験をより活かせる環境としてテラヴェールに調達部として入社します。まだ創業して間もなかったこともあり、当時のテラヴェールが持つフランス生産者は6ブランドのみだったそうですが、磯部さんの在籍6年の間に、なんと50生産者まで取引先を増やしたそうです。
2017年にテラヴェールを退職しますが、翌2018年には個人事業主としてのキャリアをスタートします。フランス滞在時に築いたコネクションと調達部での経験を活かしたフランスの生産者と日本の商社を繋ぐクルティエ業、さらにはコンサルティング業、通訳翻訳業の三本柱の事業構成です。
ワインへの深い理解だけでなく、商社ビジネスの勘所もわかっていることもあり、クルティエ業はすぐに軌道に乗り、それにつれてコンサル・通訳翻訳者としても成功を収めます。
さて磯部さんのキャリアの秘訣はどこにあったのでしょうか?
お話をうかがった中で感じたのは
・まっすぐな探究心
・人間関係の構築力
・ピンチをチャンスに変える力
磯部さんのキャリアを振り返ると、見えてくるのは好奇心/探究心と人との関係性です。
ワインという異業種へのチャレンジ、フランスという新しい舞台へのチャレンジなどピュアな探究心にもとづき行動し、その中で得た人との関係の中で、新たなキャリア、新たな仕事を切り拓いています。
そして、もうひとつ逆境を味方につける能力。ボルドー大学の不合格からローヌの大学への転身(なんならそこで彼氏まで見つけています笑)、テラヴェールを辞めることになってからの事業開始、クルティエ一本での難しさから三本柱での事業構築。一つ壁が出てきても、そこから学び臨機応変に対応することで今のキャリアを築いておられます。
最後にワイン業界で働く人(これから働く人もふくめ)への伝えたいメッセージをうかがってみました。
「ワインは嗜好品ですが、どんなに言葉を尽くしても、ワインのもとはブドウ果汁です。高価なワインも数多くありますが、その価値の責任をブドウ果汁に押し付けるのもかわいそうな話だと思っています。本当の意味で価値を付加するのは、やはりヒトの仕事。多くを学び、まわりの人から信頼を勝ち取り、ワインに価値をつけてあげられる人になっていってください。」
ワインを見て、ブドウ果汁を想起するのは、さすが山梨そしてフランスでワインの醸造を学んだ磯部さんならではの言葉。たまには、ワインの原料のブドウに、そしてその裏で働く人々に思いを馳せながら、ワインを楽しんでみてください。
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