10月 25, 2024
悩めるワイン業界人(と未来のワイン業界人)におくる「THEワインキャリア」の今回は、シャンパーニュ委員会日本事務局代表の笹本由香理さんにお話をうかがいました。
笹本さんとフランスの出会いは、幼少期までさかのぼります。
宝塚歌劇団に所属していたお母さまの影響で、舞台観劇にはよく通っていたそうですが、中でもフランス史を題材とした舞台には足繁く通っていたと言います。
実際にフランスと主体的なかかわりを持つようになったのは、高校生の頃。第二外国語として選択したのがフランス語でした。
せっかく高校まで真面目にフランス語を学んだのだからということで、大学も仏文科への進学を決意します。
そんな笹本さんにとっての一つ目の人生の転機は、大学二年の頃のトゥール留学でした。
大学の長期休暇を利用した1ヵ月半ほどの短い滞在ではありましたが、ホストファミリーのご自宅はアンティーク調の家具に彩られた素敵な空間。さらに、ホストファミリーのお婆さまは、暇さえあればキッチンに立ち、料理の仕込みをするような料理好きで、なんと夕飯は毎夜コース仕立てで提供されます。
しかも、笹本さんの幸運はそれだけではありません。
一緒にホストファミリー宅に滞在したルームメイトは、パン職人を目指す料理好き。そんな彼女が買ってきたワインを一緒に部屋で飲んでいたそうです。
これまで食に大きな関心があったわけではないそうですが、これを機に笹本さんは食に開眼します。
帰国後もワインを買うようになり、近所の高島屋でルロワ(当時はまだ学生でも頑張れば手が出せる価格だったそうです)を購入し、家族で楽しんでいたそうです。
こうして笹本さんとフランス、ワインが繋がっていきます。
就職先には、フランス語が活かせるワインの仕事として、インポーターを志します。そうして日本航空グループの商社JALUXのワイン部に入社した、はずでした…。
しかし、いざふたを開けてみると、ワイン部には空きがなく回されたのは水産部。ノルウェーやニュージーランドから水産物を仕入れ、築地に卸していきます。
この経験を通じて、笹本さんはそれまで苦手意識のあった英語の克服、そして築地市場のおじさん達にもまれながらビジネスのいろはを学んでいきます。
水産部での仕事が3年続いた頃、ようやくワイン部から飲食店の営業担当として声がかかります。
ワイン営業の経験のない笹本さんは、新規開拓を積極的に行わないことには売上は作れず、通常で一日三軒ほどの飲食店を、多いときでは十軒近くの飲食店に営業をかけていたそうです。
そんな営業経験を5年間積み、お子さんを出産する2,3ヵ月前までそのような働き方を続けていたそうです。
しかし、その後に笹本さんの第二の転機が訪れます。本来であれば、出産後、産休育休を利用して2,3年後に職場復帰を果たす、そんな計画いたそうですが、出産後半年もしないうちに、東日本大震災が日本を襲います。
自分たちが謳歌している日常が、いつ崩れ去るかわからない。笹本さんの今後のキャリアを考え直すには十分すぎる出来事でした。
改めて自身の生活の優先順位を考えたとき、一番上に来るのは、やはり子どもであり家族でした。
これまでのような働き方は無理だと悟り、会社には退職の意向を伝えます。
そうして子どもと成長をともにしながら、穏やかな日々を過ごしますが、元来バイタリティに満ち溢れた笹本さん、専業主婦のままとはいきません。
第三の転機が訪れるのです。
子どもが幼稚園の年長になった頃、すでに仕事したい欲が再燃していた笹本さんは、ある日シャンパーニュ委員会日本事務局前代表の川村玲子さんとばったり遭遇します。この邂逅こそが笹本さんの三つ目の転機となります。
川村さんとは、笹本さんがJALUX時代に、JALUX主催のプログラム”JALUX WINE AWARD”で川村さんが審査員をしていたことから知り合っていました。
ここしかないと笹本さんの直感がささやいたのか、笹本さんはバイトでも何でもいいからさせてほしいとお願いし、翌日にはしっかり履歴書まで送っています。
川村さんは笹本さんのこれまでの経験とその熱い思いに応える形でアルバイトとして採用を決めます。
当初の業務はシャンパーニュ委員会が主催していた、シャンパンアカデミーやキャプランワインアカデミーでの講座に使用するシャンパーニュ銘柄の選定や集客が主だったそうです。
ですが、笹本さんはそれだけにとどまらず、委員会の新たな取り組みとして一般向けの施策も積極的に打ち出しているそうです。
そのような活動が評価され、川村さんが代表の職を辞する2022年に新代表となることが決定し、今日まで日本におけるシャンパーニュ委員会の顔として活躍されています。
さて笹本さんのキャリアの秘訣はどこにあったのでしょうか?
お話をうかがった中で感じたのは
・地道にやり続ける忍耐力
・ここぞというときのスイッチの切り替え
・余白を持つこと
高校から続けているフランス語やワイン部に行くための水産部での3年間、肉体的にもきついワイン営業としての5年間、笹本さんがコツコツ物事に取り組む忍耐力をお持ちであることは疑いないでしょう。
一方で、三つの転機を見てきたように、ポイントでのスイッチのオン/オフを切り替えることで、運をつかんだり、自分の人生を切り拓いたりという能力は笹本さんのキャリアを語る上では欠かせません。
しかし、なによりも笹本さんのキャリアで大事なものは、自身の人生に常にいくらかの余裕を持たせていることではないでしょうか?人生を楽しむ余白を残しながら人生を謳歌することができているからこそ、シャンパーニュという世界観を体現できる立場にいらっしゃるのではないでしょうか?
最後にワイン業界で働く人(これから働く人もふくめ)への伝えたいメッセージをうかがってみました。
「わたしは一日のうちで食事の時間を大事にしています。それこそ、会食の日以外は絶対家族と食卓を囲むようにしているくらいです。日に3度やってくる食事に悦びを感じるというのはシンプルですが、とても素敵なことです。ワインを扱うということは、この大事な時に華を添えるようなものです。歴史を見返しても、ワインやシャンパンについての金言は数多くありますが、それが何を意味するのかをよく考えて、誇りをもって仕事にあたっていただきたいです。」
普段の夕食に一杯のシャンパーニュをそえて、歴史に思いをはせる日があってもいいかもしれません。
© 2024 @ THE WINE EXPERIENCE Co., Ltd.