5月 29, 2023
悩めるワイン業界人(と未来のワイン業界人)におくる「THEワインキャリア」の今回は、元銀座レカンのシェフソムリエにして、現在はテイスター、ディレクター、コンサルタントなど様々なお仕事をされる大越基裕さんにお話をうかがいました。
大越さんの飲食業界でのファーストステップは、バーの世界でした。
高校生の頃、テレビで観たバーテンダーという存在に魅入られ、高校卒業後はすぐにバーでバイトを始めます。
一流バーテンダーになるという野心を抱き、大学は1年で中退。東京の地でバーテンダーとしての腕を磨くことに。
しかし、転機は突然訪れます。
ブランデーの勉強をしにフランスの展示会に行ったときのことでした。たまたま開かれていた、後の日本最優秀ソムリエにも輝く佐藤陽一さんのワインセミナーに参加してみると、
「もちろん今でもカクテルやウィスキーなどのハードリカーも大好きですが、同じ品種を使っていようが、同じ生産者が造っていようが、全く異なる味わい、しかし産地個性はワインを通して垣間見えるというワイン独特の個性に大きな感銘を受けました。違いの多さ、それゆえの複雑さ、難しさ。自分の生涯をかけるべきモノが見つかった気がしました。」
そうしてワインに照準を定めて、大越さんは動き始めます。
ワインといえば、まずはフランス!
そう思うのも、フランス展でワインを知り、田崎真也さんの活躍が喧伝されていた当時であれば、自然な流れです。
しかし、20歳そこそこの青年には、経済的な問題も当然出てきます。
そこで、夜はバーで働き、その後朝までコンビニで働くというハードワークでお金を貯め、21歳で大越さんは初めての海外、初めてのフランスを経験します。
貯めたお金で滞在できたのは、半年間でしたが、その間にフランス語学校、ブルゴーニュやボルドーの畑巡り、シモンビーズでの葡萄収穫などを経験して帰国します。
「畑を見て回るとは言っても、そもそもワインの知識も皆無の状態でした。ワインについてのインプットよりも、若い自分にとっては人生経験的な意味合いの方が大きかったかもしれません。」
帰国後は、ワインバーで働き、さらにコミソムリエコンクール(現ソムリエスカラシップ)にも出場し、初出場ながら決勝まで駒を進めます。
結果、入賞こそかなわなかったものの、審査員をされていた当時の銀座レカン、シェフソムリエ五味さんに見出される形で銀座レカンへ入社することになります。
6年間レカンに勤めながら、コンクールへの挑戦、日本ワインの生産者との交流など仕事のかたわら様々な経験を積み、2006年から3年間をかけて二度目の渡仏を果します。
最初の半年は語学学校に通い、1年間ボーヌの醸造学・栽培学の学校へ、次の1年はディジョンでテイスティングとさらに奥深い醸造学も学び、残る半年で欧州を見て回ります。
当時は世界的にも、ソムリエが醸造学や栽培学を学ぶということは珍しかったそうですが、生産者と同じ目線でも話ができるようにという思いがあったそうです。
帰国後、2009年には当時31歳という若さで、銀座レカンのシェフソムリエに就任します。
シェフソムリエ就任後は、すぐにペアリングコースの導入をします。
「いまでこそペアリングという概念は一般的ですが、当時は1皿ごとに1杯合わせるというペアリングコースは新しいものでした。ロスの懸念などもありましたが、ふたを開けてみれば予想以上の人気で一安心という思いでした。」
しかし、2011年に東日本大震災が起きてから、大越さんの考え方に変化があらわれます。
「それまでは、日々の営業、数ヵ月後のコンクール、など短期的な時間軸の中でしか動いていませんでしたが、3.11を経て5年後、10年後を見据えた動きをしていくことの重要性を痛感しました。」
と同時に、ソムリエというスキルについても改めて考えさせられたそうで、「ソムリエはレストランという枠の中でしか活きないスキルなのか?」という問題提起が自身の中で芽生えていきました。
震災から2年後の2013年に大越さんは独立することになります。
それはソムリエとして、これまで培ってきたワインテイスティング能力やワイン提案能力と、自分がやっていきたい世界中のワインやグルメの情報を蓄積していきたいという、いわば「できること」と「したいこと」の掛け合わせでした。
しかし、当時は独立するソムリエなどほとんどおらず、まわりからは色眼鏡で見られることも少なくなかったそうです。
草創期は、インポーターへの社員教育、外部テイスターとしての助言などを行っていたそうですが、CITABRIAグループと仕事を始めるようになると、レストランとの仕事も一気に増えていったと語ります。
その一方、コロナ前までは毎年15回ほどの海外出張で常に世界市場へのキャッチアップも忘れません。
さらにはレストランのコンサルティングだけでは活かせない自分の構想を形にするため、2017年にはAn Di、2020年にはAn Comを開業します。
さて大越さんのキャリアの秘訣はどこにあったのでしょうか?
お話をうかがった中で感じたのは、
・正確で独創的な見立て
・とりあえず動く精神
・長期的な視座
大越さんの一番の強みは、見立ての正確さと独創性です。
ソムリエが醸造学や栽培学を学ぶというのが一般的でなくても、それが自身のスキルアップに繋がると自分で納得できれば、その道を選択する。
ソムリエの独立が一般的でなくても、自身の能力とパッションで道が拓けるめどが立てば、その道を選択する。
自分の頭で考え、合理性が担保できるのであれば、それが一般的でなくとも行動できる行動力、そして常に先々を見越して動くことのできる視座の高さが今の大越さんのキャリアを築いているのだと感じました。
最後にワイン業界で働く人(これから働く人もふくめ)への伝えたいメッセージをうかがってみました。
「レストランという現場で働くことの歓びはわたしも常々感じています。ですが、ソムリエのスキルがレストランに限定されるものでないこともまた事実です。わたしはソムリエというアイデンティティを持ったまま、この業界で自由に生きていく方法を自分なりに模索してきましたが、みなさんもやりたいこと、と、できることの折り合いを上手につけ、ワイン業界を盛り上げていただければと思います。」
北海道という新天地で新たな試みにも乗り出している、大越さんの今後にもぜひご期待ください!
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