3月 10, 2023
悩めるワイン業界人(と未来のワイン業界人)におくる「THEワインキャリア」の今回は、「世界最強の通りすがりの酒屋」とうそぶく西村酒店店主にして、世界1位のジンの生みの親、西村一彦さんにお話をうかがいました。
西村さんの波乱万丈なキャリアは、大学卒業後に日本酒類販売株式会社(以下、日酒販)に入社したところから始まります。
日酒販では若手のうちから、昨対300%を達成するなどメキメキと頭角を現していき、取引先のお嬢さんと結婚して退社するという破天荒さ。
嫁いだ先は、京都の酒屋。婿養子ということで、口こそ出せないものの、酒屋としては火の車。営業活動のかたわら、経営の勉強に和酒の勉強に追われる日々を過ごします。
すると無理がたたってか、28歳の頃には大病を患い死のふちに……。
矢継ぎ早に大事が起きていますが、まだ20代後半の話です。
病気を患いリハビリを終えた頃には、30歳を迎える年でした。
大病から一命をとりとめた西村さんは、会社を軌道に乗せるためにワイン商という新しい一歩を踏み出します。
「ワインが好きだったからワイン商になったわけではなく、生き残るためにすべきことと自身の適性を考えたときの最適解がワイン商という仕事でした。」
さらに長期的にワイン商としてビジネスを成り立たせるために、目をつけたのがブルゴーニュワイン。
「ちょうどカルトワインが騒がれていたこともありましたし、需給の原則から考えても少量生産のカルトワインなどのカリフォルニアワインを意識したこともありましたが、最初の値付けがすでに高額だったカルトワインよりも、まだ比較的リーズナブルだったブルゴーニュの方が将来的な伸び代は見込めるとみてブルゴーニュやシャンパーニュに照準を定めました。」
当時、京都のワイン市場はフランスワインと言えばボルドーワインが強く、そこまでブルゴーニュやシャンパーニュが注目されることはありませんでした。
しかし、その情報の非対称性こそが西村さんの格好の狙い目でした。
2000年代前半、ワイン市場で現地の情報を手にしている人はそんなに多くありませんでした。そこで、西村さんはジャーナリストのように現地で仕入れた最新の情報をひきさげ、モノを紹介していくというスタイルをとりました。
清酒の世界にはパイオニアが星の数ほどいる京都でも、ワイン市場においては酒屋としてイニシアティブをとっていくことができたと西村さんは述懐します。
そして、一番の驚きはこのような動きを婿養子としてお財布の紐を握れなかった西村さんは当初自分のお金だけで回していたということです。
ワインをやると決めてからは、西村さんは毎年のようにフランスの試飲会に足を運んで、気づけば錚々たる生産者からも”Ami(友)!”と呼ばれる存在になっていきます。
「世界で通用するには、その舞台に立つためのチケットを手にすること、そしてその舞台で認められるための品性や知性を身に着けることです。社会的な権力は相対的なものですが、健全性や公明性、正直さというものが結局第一です。」
西村さんとお話していると、物事を表面的にみるのでなく、そこに至るまでの背景を汲み取ろうという意思を強く感じます。そして、背景を汲み取るだけの深い知識も持っていらっしゃることは言うまでもありません。
「言語でモノを見てはいけません、科学の目でモノを見れば、自然と見るべきことが見えてきます。」
これは西村さんが20代の頃に鹿児島の酒屋さんから教わったことで、以来醸造所巡りでもラボを見せてもらい、勉強させてもらうようにしているそうです。
ワインの業界では十分な地位を築いた西村さんですが、ある日自分が創造者ではなく、観察者になってしまっていることに気づきます。
50代としてバブル期も経験し、現在の日本経済の低迷期を作ってしまった世代として、勝ち逃げの観察者気取りはいけないと、色んなバイタリティを取り戻してクラフトジン製造を決意します。
扱いの難しいバクテリアに悩まされることなく製造できる酒類として、自分の科学的な知見も活かしやすいと始めたプロジェクトでしたが、結果は西村さんの読み通り、冒頭でもお伝えしたように、わずか3年で世界の頂点に輝きました。
さて西村さんのキャリアの秘訣はどこにあったのでしょうか?
お話をうかがった中で感じたのは、
・科学的視座からバイアスなくモノを見ることができる
・常にロジカルに考え判断する
・常に本気で誠実に正直に取り組む
西村さんとお話すると科学的な知識や考え方といった左脳的側面に目が行きがちですが、そういったバックボーンを持ちながら、正面から人と向き合える真摯さのようなものをとても感じます。IQ(知能指数)だけでなくEQ(こころの知能指数)も世界で認められるためには重要なんですね。
最後にワイン業界で働く人(これから働く人もふくめ)への伝えたいメッセージをうかがってみました。
「ワインが好きでワインの仕事をするというのを否定はしませんが、ワインを知りたければ、科学を技術を人を知ってください。大事なことはワインそのものにではなく、その周辺に存在しています。そして、せっかく舶来のものを楽しむのであれば、カッコよく楽しんでください!」
単身で歴史ある京都の酒類業界に乗り込み、単身でワイン市場を切り拓き、単身でフランスに自分を認めさせ、単身でジン市場に殴り込みをかけた、通りすがりの最強な酒屋さんのお話でした
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