2月 02, 2023
悩めるワイン業界人(と未来のワイン業界人)におくる「THEワインキャリア」の今回は、ミシュラン三ツ星のレフェルヴェソンスを擁するサイタブリアグループが日本橋に展開するフレンチの名店ラ・ボンヌターブルのマネージャー兼シェフソムリエの戸澤祐耶さんにお話をうかがいました。
名のあるフレンチのシェフソムリエなんて聞くと、みなさんは”Born to be Sommelier”なフランスワイン一本の人生を歩んできた方を想像されるかもしれません。
しかし、戸澤さんのキャリアの最初の一歩は、割烹料理人という意外なものです。
「子供のころから料理人に憧れがあり、比較的シンプルに素材の味を楽しめるものが好きだったので、自然と和食料理人になっていました。」
最初のうちはワインといっても、飲むのはプライベートで買うコンビニワインくらいで、大して興味も湧かなかったそうです。
しかし、お店でペトリュスを飲む機会に恵まれ、あまりの美味しさに衝撃を受けたと言います。
少しずつワインの勉強を始めるようになり、知れば知るほど面白くなっていくワインに気づけば魅了され、ワインを扱う新天地として、老舗フレンチオザミに入社を決めます。
「当時のオザミは、グランヴァンもありながらナチュールも取り扱っており。さらには、月に一回、会社が費用を出してワインの勉強会も開くことができると、ワインを勉強するにはとても恵まれた環境でした。」
3年ほどオザミで経験を積み、ソムリエの資格も取得したものの、「レストラン」という世界観ではできない、お客さんとのよりフランクなコミュニケーションを求めて、戸澤さんは次なる舞台として三軒茶屋に照準を定めます。
もともと好きな街であった、この地でちょうどナチュールを扱うワインバーで求人が出ていたこともあり、無事採用に至ります。
しかし、三軒茶屋はナチュールの名店「uguisu」などを筆頭に有名個人店ひしめく夜の深い街。そんな街のワインバーとなれば、折り目正しい「レストラン」とは一線を画するいわば「ゼロ距離」の接客が求められます。
20~30席の店内を一人で回しながら(3回転するような夜もあったとか)、お客さんひとりひとりとコミュニケーションをとり、そして仕事終わりは朝まで飲み明かす……。そんな日々を重ねることで、今日に繋がる業界の交友関係がはぐくまれていったとのことです。
三軒茶屋のワインバーの常連さんの一人が、戸澤さんが今勤めるサイタブリアグループの取締役であったこともあり、引き抜かれるような形で転職を果します。
ドリンクと料理を合わせるペアリングを一つの売りにしていたラ・ボンヌターブルで、戸澤さんは有名ソムリエ大越基裕氏とともにワインペアリングを進めていきます。
今でも、キャリアで一番影響を受けた人を尋ねられると、大越氏を挙げるほど、ワインペアリングを通じて学びが大きかったと戸澤さんは語ります。
ラ・ボンヌターブルとして、ワインペアリングとは別に当時注力していたのが、日本でも先駆けとしてスタートした「ノンアルコールペアリング」です。
戸澤さんが入社した当時はラ・ボンヌターブルでもすでにノンアルコールペアリング自体は存在していましたが、海外でのノンアルコールペアリングを見よう見真似で行っており、なかなか注文数も伸びない状況が続いていました。
当時、実際に出ていたのは、ジュースなどを組み合わせたドロッと濃密な甘いノンアルコールカクテル様(よう)のもの。
ノンアルコールペアリングへのテコ入れが必要になり、必然的に白羽の矢はワインペアリングを担当していた戸澤さんに立ち、朝帰り上等な生活を送っていた飲兵衛戸澤さんのノンアルコールとの闘いが始まります。
「はじめは、やっぱり嫌でしたね笑。当時はあまり興味もなかったし、お酒好きでしたし。」
正直に当時の思いを吐露してくださる戸澤さんですが、
「一方で、一度ハマるとのめり込む、典型的なB型気質なんです。」
と笑って当時のことを教えてくださいました。
最初は、これまでのやり方を踏襲して、ノンアルコールペアリングのブラッシュアップを始めました。
味わいやペアリングの精度は上がっていたものの、オペレーション上の問題や、色や提供方法の異なりから生じるテーブル全体への違和感、濃密さゆえに汚れていくグラスを実際に目にし、肌で感じる中で、外見的にもワインと同じようなものは作れないか、という考えが芽生えます。
現場を知っていたとはいえ、世界のノンアルコールペアリングの主流を知っていながらの、この大きな舵取りは大変な勇気が必要だったのではないかと推察します。
しかし、この変更によって、ラ・ボンヌターブルのノンアルコールペアリングはさらに洗練されたものになり、戸澤さん自身もノンアルコールペアリングのパイオニアとして多くのメディアに取り上げられ、当然お客様にも好評を博することとなりました。
以上、見てきたことから、戸澤さんのこれまでのキャリアの秘訣を見出すと、
・自身のキャリアと真摯に向き合っている
・置かれた分野で第一人者になるまでやり込む
・嫌なことにもしっかり取り組む
・他の人にない唯一無二の武器を持つ
といったことが挙げられそうです。
ワインの業界はともすれば、人のツテで次の仕事を探す人が少なくありません。
もちろん、それ自体は決して悪くことではありませんが、人づての転職は自分のこれまでやってきたこと、今できること、これからやりたいことなどの棚卸の機会を損ないがちです。
また、決めたあるいは、自分の意志とは関係なくても決まった分野でしっかり体験して(戸澤さんの場合だと、朝帰りするほどにワインを飲みまくり,うんざりするほどノンアルコールを作ってみる)突き詰めていく姿勢というのは間違いなくキャリア全体に通底しており、今の戸澤さんを形作っているように思えます。
戸澤さんの場合は結果、「ノンアルコール」という他のソムリエにはない武器を獲得し、自身のユニークなキャリアの礎とされています。
最後に、戸澤さんにこれからワイン業界で活躍を考える人へ向けてのメッセージをいただいたところ、
「飲んでなんぼの世界なので、机上の勉強だけでなく経験を積んでほしいです。価格高騰などで経験しづらくなっているのは事実ですが、どんなワインであれ、それを意識しながら行動すればワインは向こうからやってきてくれます。」
と仰っていただきました。
戸澤さんのキャリアの一端を感じたい方は、ぜひラ・ボンヌターブルで体験してみてください。
© 2024 @ THE WINE EXPERIENCE Co., Ltd.